緑の森へ♪
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つい、手が出ちゃう・・
ここで、告白しちゃいます・・・・・

小2の娘がいるんですけど、
最近、娘の態度に腹を立てて殴ってしまうことが頻繁に起きています。
しかも決まって顔を殴り、翌朝には青タンが・・・

殴りたくないんですが、一度スイッチが入るとどうしようもなくなります・・・。

児童相談所には自分から連絡を取っていますが、このまま続くと一時保護になってしまいます・・・。

どうしたらいいんだろう、大好きなのに何で殴ってしまうんだろう・・・。

自分でも頭の仲がぐちゃぐちゃです。

こんな自分が情けないです・・・・
幻覚剤
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薬の慢性中毒(麻薬依存)の型には、(1)モルヒネ(阿片アルカロイド系薬剤:モルヒネ・ヘロイン・コデインなど)型、(2)コカイン型、(3)幻覚剤(LSD)型などがある。これら依存性薬剤の中で、モルヒネ系の薬剤は、最も強力に精神的依存・身体的依存を生ずる。この麻薬は自律神経の副交感神経系に抑制的に働き、身体の緊張を緩和し、痛みの知覚を抑え、睡眠を誘発するなど、末期癌の患者さんに対する疼痛緩和を主体に、心筋梗塞、心不全等医療上なくてはならないものである。しかし、その効果のため、薬物の再摂取に対する欲求が強く(精神的依存)、また、薬物の中断による禁断症状ため、身体的依存が形成されていくのである。これら薬物をある期間反復摂取すると、次第に効果が薄くなり、最初の効果を得るためには量を増やしていく必要性が出てくる(耐性の獲得)。この耐性がどんどん増大すると、不快な禁断症状(恰もインフルエンザのような鼻汁・流涙・発汗・筋肉痛・腹痛・嘔吐・下痢・興奮など)を避けるため、薬の量は増え、より強力な薬を求めるようになり、慢性中毒状態に陥ってしまうのである。
ジャック・クラップ
1969年クラプトンは、サリー州の片田舎に通称「ハートウッド・エッジ」と呼ばれる大邸宅を購入している。「ハートウッド・エッジ」を無理矢理訳すと、「傷つく森の縁(ふち)」となる。先の「傷つく森の緑(みどり)」と関係あるかどうかは、定かではないが・・・マスターに訊ねても、きっと答えは同じ・・・「そんなことはどうでもいい」ことである。このハートウッド・エッジに引き籠もり、活動停止をしてしまった時期が、後にクラプトンも公然と認めている「麻薬中毒期」である(1971〜1974年)。親友ジミ・ヘンドリックスと父親代わりの義祖父ジャック・クラップの相次ぐ死、ジョージ・ハリスンの妻(当時)パティとの成就しない恋などの精神的誘因はあったかも知れないが、コカイン主体の依存からヘロインまで進んでしまっている。ハートウッド・エッジの名そのままに、ギリギリの状態まで達したのである(勿論、克服しているのは言うまでもない)。
エリック・クラプトン
1945年3月30日、イギリス・サリー州リプリーで生まれたエリック・クラプトンは、1963年ヤードバーズに加入しプロとしてのスタートを切っている。その後、BBキング、マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフなどのブルースマンをヒーローと抱きつつ、変わらぬブルース志向のもと、ブルースブレイカーズ、クリーム、ブラインド・フェイス、デレク&ドミノスを経て、現在ブルース・ロックの最高峰ギタリストとして活躍を続けているのは周知の如くである
ウッディカフェ
富良野駅を出て左に向かい、交差点を渡ったセブンイレブンの前で、ちょいと右側を向くと本屋さんの横に看板が見える。その看板を見上げながら階段を昇ると、ウッディカフェ「傷つく森の緑」(通称きずもり)に辿り着く。ドアを開けると、心地よいブルースの香りが身体全体を包み込んでくれる。そう、この店のマスターは、クラプトン一途で、ブルースのことなら誰にも負けないと自負する富良野のブルーズマンである。店の名前から、ある種のことを想像でもしたら、いつもグリーンを傷つけている下手くそゴルファーの私などは、近寄れない場所でもあるが、そんなことには関係なく、カウンターでバーボンのグラスを傾けることができる。因みに最初の頃、一度名前の由来を尋ねたこともあるが、「そんなことはどうでもいいでしょう!」の一言で済んでしまった。
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